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東京地方裁判所 平成5年(ワ)19180号 判決

原告

白瀧辰夫

被告

東京海上火災保険株式会社

ほか一名

主文

一  被告嶋森秀明は、原告に対し、二五〇九万七一三五円及びこれに対する平成五年一一月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告嶋森秀明に対するその余りの請求及び被告東京海上火災保険株式会社に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の二分の一と被告嶋森秀明に生じた費用は、これを六分し、その五を同被告の、その一を原告の負担とし、原告に生じたその余の費用と被告東京海上火災保険株式会社に生じた費用はすべて原告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、各自、原告に対し、三〇〇〇万円及びこれに対する被告東京海上火災保険株式会社については平成五年一〇月二六日から、被告嶋森秀明については同年一一月六日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、自動車の助手席に同乗中に駐車車両との衝突事故により死亡した被害者の遺族が、右自動車の運転者に対しては民法七〇九条に、右自動車の自賠責保険会社に対しては自賠法一六条に基づき、それぞれ、死亡による損害の賠償を請求した事案である(運転者に対する請求は一部請求である)。

一  争いのない事実等

1  被告嶋森秀明(以下「被告嶋森」という)は、平成四年二月一八日午後九時〇五分ころ、自己の運転する自家用普通乗用自動車(以下「本件車両」という)の助手席に白瀧栄司(以下「亡栄司」という)を乗せて走行中、茨城県土浦市東真鍋二二番二七号先路上において、同所に違法駐車していた自家用普通貨物自動車の後部に、本件車両の左前部を衝突させて、亡栄司に脳挫傷の傷害を負わせ、同月二四日、同人を死亡させた(以下、右の交通事故を「本件事故」という)。

2  被告嶋森は、前方不注視の過失により、本件事故を発生させた(ただし、被告東京海上火災保険株式会社に対する請求においては、乙イ一七、二四、二六、二八、被告嶋森本人により認められる。)。

3  本件車両は新日本観光株式会社(以下「新日本観光」という)の所有にかかるものであり、新日本観光は、被告東京海上火災保険株式会社(以下「被告会社」という)との間で、平成三年一〇月二一日、本件車両に関して自賠責保険契約を締結していたところ、本件事故はその保険期間内に発生したものである。

4  原告は、亡栄司の長男であり、その唯一の相続人である(ただし、被告会社に対する請求に関しては、甲一により認められる。)。

5  原告は、違法駐車していた被衝突自動車の自賠責保険会社に対しては、自賠法一六条に基づく直接請求をして、三〇一四万六二九〇円の保険金の支払いを受けた。

二  本件の争点

1  被告会社に対する請求に関して

被告会社は、亡栄司が新日本観光に対して自賠法三条の要件たる他人性を取得しえない関係にあり、直接請求の前提となるところの保有者である新日本観光の損害賠償責任が発生していない旨主張する。

2  被告嶋森に対する請求に関して

被告嶋森は、亡栄司は、被告嶋森が飲酒して運転するのを承知のうえで、本件車両の運転を委ねこれに同乗していたとして、好意同乗による減額を主張する。

3  損害額も争われている。

第三争点に対する判断

一  争点―について

1  前記争いのない事実及び証拠(甲九ないし一六、乙イ二四ないし二七、二八、二九、証人白瀧芳郎、被告嶋森本人)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 新日本観光は土地を購入して建売住宅を建設することを、新日本オフイス株式会社(以下「新日本オフイス」という)は新日本観光の建てた建売住宅を販売することを営業目的とする会社であつて、両社は、業務上の結び付きが強く、しかも、代表取締役が実の兄弟の関係にあることから、密接な提携関係を維持していた。

(二) 新日本オフイスは、営業用の車両を購入する資金的な余裕がなかつたところ、新日本観光からその所有する車両を賃借することとすれば、賃料を経費として落とすことができ、新日本観光も車両の購入代金を減価償却することができることから、営業用の車両すべてを新日本観光から賃借することとし、新日本観光との間で、その所有にかかる本件車両を含む七台の自動車につき、賃借期間を五年間、燃料、租税公課、保険料等の経費は新日本オフイスにおいて負担する、賃料を年間総額約二四〇万円とする旨の賃貸借契約を締結していた。

(三) 新日本オフイスにおいては、亡栄司を初めとする役員及び従業員が、これらの借用車両を同社の営業用として顧客の現地への案内等に使用していたが、車両ごとにその使用者はほぼ定まつており、本件車両は、主として代表取締役である亡栄司が使用するところであつた。右のほか、亡栄司は、業務時間外にも、本件車両を通勤等に用いていた。

(四) 被告嶋森は、土木建設業と不動産のブローカーを営む者であつて、本件事故が起きる六年ほど前に不動産取引を通じて亡栄司と知り合い、その後個人的な交際関係を持つようになつて、飲酒遊興をともにすることがあつた。

被告嶋森は、本件事故当日の夕方五時ころ、土地売買の買主の斡旋を依頼すべく新日本オフイスの事務所に亡栄司を訪れたところ、亡栄司はこれを承諾して、具体的な売買価格についての話し合いとなつた。そして、双方が希望額を提示し、今後さらに調整しようということになつて当日の打ち合わせは終わり、新日本オフイスの当日の業務も終了した。その後、亡栄司から一杯飲もうとの話が出て、被告嶋森は、私的な交際関係もあるうえ、土地売買の斡旋を承諾してもらつたことへのお礼の意味も込めて自宅への招待を申し出たところ、亡栄司もこれを容れて、被告嶋森の自宅へ行くこととなつた。被告嶋森は自分の車で新日本オフイスの事務所に来ていたのであるが、亡栄司が土浦市内の銀行に寄る用事があるということなので、亡栄司が本件車両を運転し、被告嶋森がこれに同乗することにして出発した。なお、亡栄司は、被告嶋森の自宅へ行つたことはなく、被告嶋森宅に至る道順も知らなかつた。

(五) 亡栄司は銀行で用事をすませたのち、直ちに被告嶋森の自宅に向かおうとせず、被告嶋森を自分の馴染みの店に連れて行き、それぞれがビールを二、三本飲んで仕事の話を含めて世間話をしたりしたが、被告嶋森から「早く俺の家に行こう」と促されたことから、代金を払つてその店を出たところで、本件車両の鍵を被告嶋森に手渡して本件車両の運転を委ね、自らは本件車両の助手席に同乗することとした。被告嶋森は、本件車両を運転してその自宅に向けて走行させているうちに、被告嶋森は亡栄司との話に夢中になり、助手席の方に気をとられて、前方注視が不十分なまま進行し、道路左側に駐車していた車両の発見が遅れて、急ブレーキを踏んだが間に合わず、駐車車両の後部に衝突し、これにより、亡栄司は頭を強打して脳挫傷の傷害を負い、右傷害により一週間後に死亡した。

2  右に認定した事実によれば、亡栄司は、新日本オフイスの業務終了後に本件車両を右の業務とは無関係の私用のため自らが運転しこれに被告嶋森を同乗させて出掛けたものというべく、本件事故当時の運転者は被告嶋森であるが、亡栄司は被告嶋森宅までの道を知らなかつたために運転を交代したにすぎないと推認されるのであつて、これらによれば、亡栄司は、本件事故当時、本件車両の運行をみずから支配し、これを私用に供しつつ利益を享受していたものというべきである。

なお、原告は、亡栄司は、取引先である被告嶋森を接待するための送迎の一環として本件車両を運行していたのであつて、会社の機関として行動していたにすぎず、亡栄司個人が右会社から独立した運行支配、運行利益を取得していたとはいえない旨主張するが、右に認定した事実、特に、土地の買主斡旋に関する当日の打ち合わせは一応の終了をみたこと、依頼を受ける立場にある亡栄司としては被告嶋森を接待する必要性はなかつたこと、亡栄司と被告嶋森とは以前から個人的な交際関係があり、飲酒遊興をともにすることがあつたこと等に照らせば、少なくとも亡栄司にとつては、被告嶋森と飲食を共にすることや同人宅を訪問することは、新日本オフイスの業務とは別個の個人的な交際関係に基づくものであつたというべく、先に述べたとおり、亡栄司は、本件車両を、新日本オフイスの業務とは関係のない私用のために自らが運転し被告嶋森を同乗させて出発したと認定するのが相当というべく、原告の主張は採用できない。

したがつて、本件事故の被害者である亡栄司は、本件事故当時においては本件車両を自己のために運行の用に供していた者というべく、しかも、前記に認定した運行支配の程度態様をみてみれば、亡栄司の運行支配が新日本オフイスのそれよりも直接的、顕在的、具体的であつたといえることから、亡栄司は、新日本観光に対しては、自賠法三条の「他人」であることを主張することは許されないというべきである。

3  よつて、被告会社との間の自賠責保険契約に基づき保険金の支払いを求める原告の請求は理由がなく、失当として棄却すべきものである。

二  争点3について

1  治療費(主張額一六万七八五〇円) 一六万七八五〇円

証拠(甲六の1、2)により認められる。

2  逸失利益(主張額四四八八万六四三三円) 四四八八万六四三二円

証拠(甲一、四、乙イ二二)によれば、亡栄司は、昭和二七年一月二六日生まれの死亡当時四〇歳の男性で、農業を営むほかに新日本オフイスの代表取締役であつた者であり、平成三年度は新日本オフイスからの五二九万〇九九五円の給与収入があり、農業収入は一八万二〇二〇円の赤字であつたことが認められる。

右によれば、亡栄司は、本件事故に遇わなければ、その後二七年間にわたり就労が可能であり、その期間中は五一〇万八九七五円を下らない収入を得ることができたと推認されるので、右の額を基礎として、逸失利益の現在額を算定するに、生活費控除率を四割とし、ライプニツツ方式により年五分の割合による中間利息を控除する(係数は一四・六四三〇)と、以下の計算式のとおりであつて、四四八八万六四三二円(一円未満切り捨て)となる。

(5290995-182020)×(1-0.4)×14.643=44886432

3  慰謝料(主張額二四〇〇万円) 二四〇〇万円

亡栄司の年齢、家族構成等本件に現れた一切の事情を斟酌すると、亡栄司の慰謝料は二四〇〇万円が相当である。

三  争点2について

被告嶋森には民法七〇九条の不法行為責任が認められることが明らかであるが、亡栄司は、被告嶋森が飲酒して運転するのを承知のうえで本件車両の運転を委ね、自らは助手席に同乗したこと、被告嶋森は、亡栄司との話に夢中になり、助手席の方に気をとられて前方注視が不十分なまま進行した過失により本件事故が発生したことは前記認定のとおりであつて、また、本件事故当日の本件車両の運行目的、経緯等からすれば、本件事故はいわゆる好意同乗の場合に該当するというべく、前記認定の諸般の事情を総合し、損害の公平な分担等の観点から、亡栄司の損害額を二割減額するのが相当である。

よつて、亡栄司の損害額は、前記三1ないし3の合計額六九〇五万四二八二円であるところ、右の減額することにより五五二四万三四二五円(一円未満切捨)となる。

なお、被告嶋森は、亡栄司の死亡は、被告嶋森による交通事故と事故後の土浦協同病院における診断、治療の過誤との競合によるものである旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく、同病院の死亡に対する寄与割合を減額すべしとする被告嶋森の右主張は採用できない。

四  結論等

1  相続及び損害の填補

原告は、亡栄司の長男でありその唯一の相続人であること、原告が、違法駐車していた被衝突自動車の自賠責保険会社に対して自賠法一六条に基づく直接請求をして三〇一四万六二九〇円の保険金の支払いを受けたことは当事者間に争いがなく、右によれば、原告は、亡栄司の本件損害金五五二四万三四二五円の賠償請求権を相続し、かつ、三〇一四万六二九〇円は損害の填補として損害金から控除されるべきであるというべく、結局、被告嶋森が原告に対して賠償すべき金額は二五〇九万七一三五円となる。

2  以上の次第で、原告の請求は、被告嶋森に対して二五〇九万七一三五円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成五年一一月六日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で、理由がある。

(裁判官 齋藤大巳)

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